第四話


「……きろ……起きろ! 起きやがれ!」

 

 気を失っていたエイトの頭に、ソロの拳がめり込んだ。
声にならない悲鳴が上がり、涙目で地面をごろごろと転がる。
本気で痛みを堪えているその様子を見て、ソロは溜飲が下がったようだった。

 

「いきなり何するんですか? HPが50くらいもっていかれましたよ……」
「何度呼びかけても起きないからだ」

 

 殴られた箇所をさすりながら、エイトは地面から起き上がる。
言いかけた文句を呑み込み、先ほどとは違う景色に目を向ける。

 

「なんかじめじめしてますね、ここ。……あ、他の方はどこに?」
「多分洞窟の中だからだろ。他の奴は別の場所に飛ばされたらしいな」

 

 ソロはふぅ、と息を一つ吐き、エイトに鋭い視線を向ける。

 

「……で、だ。どうして穴に突き落とした?」

 

 苛立ちを滲ませて問いかけるソロ。その眼光は、並みの魔物なら逃げ出すほど鋭い。
しかし、さほど気にする様子もなく、エイトは服についた土を軽く払いながら答えた。

 

「だって、あの穴ふさがり始めてましたし。

 かといって、イザさんを見捨てるのもアレなんで、ここはみんな仲良く行こうかと」

 

 イザさんが半分になったところが見たかったなら話は別ですけど? と、付け加えると、ソロは小さく舌打ちをした。納得はいかないが、理解はしたらしい。

 

「じゃあ次の質問だが、お前はあの声を聞いたか?」
「えーと、自称女神様のことですよね。聞きましたけど……ソロさんもですか」
「ああ、そうだ。となると、やっぱりただの夢じゃな――」

 

 そこまでいいかけて、ソロは口を閉じ剣を抜いた。唐突な行動にエイトは首を傾げるが、すぐにその原因に気付く。じっと耳を澄ませば、複数の足音と、荒い呼吸の音が聞こえる。

 

「来ましたね、魔物が」

 

 エイトは素早く辺りを見回し状況を確認する。ここは通路のような長細い空間だ。幅は大人二人が横に並んで手を広げられる程度しかない。槍の長所を殺すような地形に、思わず眉を顰める。

 

「ああ、奴ら特有のひでぇ臭いがしやがる……尋常じゃない数だな、これは」
「どうやら前からも来てるようですけど。このままじゃ挟み撃ちですねぇ」


「問題ない。全部殺せばいい」


 冷たい響きを持つ低い声に、エイトは思わず驚きの表情を浮かべてソロの顔をみた。
魔物に対する憎悪で満ちた目。気圧されそうなほどの殺気に、息をのむ。

 

「呆けるな、来るぞ」
「え、ええ」

 

 一瞬消えていた笑みをもう一度貼り付けて、背中から槍を引き抜く。
二人は背中合わせに立ち、前後から襲いかかろうとする魔物の群れと対峙した。


◆◆◆


 首なしの騎士デュラハーンが鉄球を豪快に振り回す。鉄球が当たればタダでは済まないのは、一目瞭然だ。エイトはそれを横に跳躍して回避。更に、剣を振り上げるチキンドラゴの胸を槍で一気に貫く。力を失った体が地に倒れ伏すが、また新たなチキンドラゴが背後からエイトに襲いかかった。

 

「あー、もう、狭い! やりにくい! キリがない!」

 

 槍の柄で適当に斬撃を捌きつつ、バックに手を入れ、手さぐりでブーメランを取りだす。
そして、それを力いっぱい魔物の群れ目掛けて投げつけた。
狙いは定めていないが、これだけ密集していれば何かしらには当たるもの。
ブーメランは燃えあがりながら、次々と魔物達にダメージを与えていく。

 

 一方、ソロは盾で攻撃を防ぎながら、確実に一体ずつ屠っていた。
白い刀身の剣はすっかり赤く染まってる。

だが、切れ味は一向に鈍る気配をみせずに敵を切り裂いていた。

 

「だが、頭数は大分減ったな」

 

 上級悪魔アークデーモンが、得意のイオナズンを詠唱しようとする。

しかし、それよりも早くソロの剣が頭部を刈り取る。
その隙を狙って、チキンドラゴが死角からソロに斬撃を与えようとした。

だが、飛んできたブーメランが剣を弾く。
ソロは剣を弾かれたチキンドラゴの首も、アークデーモン同様に刈り取った。

 

「突き落とした件については、これでチャラにしといてくださいね」

 

 エイトが帰ってきたブーメランをキャッチしながらそう言うと、ソロはため息交じりに返答する。

 

「いいだろう、助かったしな。……さて、そろそろ終わりにするか」
「はーい」

 

 詠唱を開始するソロ。

一時的に無防備になる彼を、エイトがブーメランでカバーしながらタイミングを図る。
やがて、ソロの掌に光が収束していく。白い聖なる気を帯びた光だ。
それを高く掲げて、発動キーを紡いだ。

 

「ギガディンッ!」

 

 ソロの掌から放たれた複数の雷が、一斉に魔物達に突き刺さる。
雷が持つ聖なる気によって苦しみ悶える魔物達。

 

「ジゴスパーク!」

 

 そこにトドメを刺すように、エイトが槍を地に突き立て、地獄から雷を呼び出す。
それは床を這い、ギガディンをかろうじで逃れた者たちを次々と襲う。

 

 二人の周りには、魔物の屍が幾重にも折り重なっていた。
その惨状を見た後も相手を襲うほど、魔物の知能は低くない。
生き残った者は、二人に背を向けて逃げ出した。

 

「やっと終わりましたね……疲れました」

 

 大きく息を吐いて、槍を背に戻そうとするエイト。だが、ソロはその行動を片手で制した。

 

「待て、まだ魔物のにおいがする」
「においって……すごい嗅覚ですね」

 

 犬ですか?という言葉をなんとか飲み込み、エイトもソロに倣って辺りを見回す。

 

「あ、あのキラーパンサーですか?」

 

 少し遠くの方から、こちらに近づいてくる大きな影。しかし、悪い気は全くしない。
ラパンハウスにいるキラーパンサーと似た雰囲気だ、とエイトは思った。

ソロがその姿を視界に入れると、無言でキラーパンサーの方に駆け寄る。

 

 そして、天空の剣を振りおろした。

 

 高い金属音が洞窟に響きわたる。
剣先は槍の柄によって止められており、それを見たソロは小さく舌打ちをした。

 

「邪魔をするな」
「なにやってるんですか? この子は敵じゃないですよ」

 

 口調こそは落ち着いているものの、その口元は強張っていた。
エイトは相手を説得しながら槍をグッと押し出して、距離を取る。
キラーパンサーは、自分に剣を向けたソロを敵だと判断し、低く唸っていた。

 

「でも、魔物だろ。見逃すと他の人間が犠牲になる」
「だから、この子は人を襲うような魔物ではありません。分からないんですか?」

 

 ソロの目は完全に据わっている。
エイトごとキラーパンサーを斬りかねない、と思わせるほどに。

 

「証拠はあるのか?」
「証拠って……」

 

 饒舌だった口が、ぴたりとその動きを止める。
エイトが根拠としているのは、このキラーパンサーが持つ雰囲気。つまり、勘だ。
そんなものソロにとっては証拠になどならないだろう。
エイトは少し考えた後、無言で槍を地面に落した。

 

「お前、何考え……」

 

 ソロにかまわず、振りかえってキラーパンサーに目を向けるエイト。
そのキラーパンサーは少し警戒気味にエイトを見る。
エイトはそんなキラーパンサーを安心させるように微笑むと、そのまま一気に抱きついた。

 

「ガウッ!?」

 

 驚きで硬直するキラーパンサーを更に撫でくり回す。
ネコをじゃらすように喉をなでたり、毛並みを整えてやったり――
その内キラーパンサーも気持ち良くなってきたのか、じゃれるようにエイトの頬を舐める。

 

「ほら、これが証拠です。こんなに人慣れしてる子が人を襲うわけないでしょう?」

 

 キラーパンサーの首に腕を回しながら自信満々に言うエイト。

 

「……もういい。分かった」

 

 はぁ、と大きなため息をつくと、ソロはようやく剣を納めた。
エイトは当然だ、とでもいうように笑って見せたが、その頬には冷や汗の跡があった。
ゆっくりとエイトが立ち上がると、キラーパンサーが服の裾を口にくわえて引っ張る。
通路の先へ行くことを急かしているように思えた。

 

「ふむ……どうやらこの通路の先に行ってほしいらしいですね」
「罠じゃないだろうな」
「でも、ここに留まっていても仕方がないですよ。もしかしたら出口かもしれませんし」

 

 そう言いながら、キラーパンサーに導かれて歩きはじめるエイト。

 

「行きましょう、ソロさん」
「……仕方ねぇな」

 

 またため息を一つついて、ソロはエイトと共に薄暗い通路の先へ進みはじめた。 

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