第二話

 

 その後、騒ぎを知ったセントシュタイン城から兵士が派遣され、強盗達を牢屋に連れていった。
幸い、客が泊まる部屋には何も被害がなかったので、業務はすぐに再開された。

ロビーにいた客の七割がチェックイン・アウトを済ませ、ようやく手が空いた頃。

ルイーダは、テーブルで順番を待つ、この宿の恩人である三人に話しかけた。
 
「ありがとう、貴方達のおかげで一般客に被害を出さずに済んだわ」
「ロビーはボロボロですけどね」

 そう冗談っぽく言うのは、エイトと名乗った男。
赤いバンダナに青いインナーと奇抜な色の服装をしているが、顔は温厚そうな普通の青年だ。
しかし、その背にある大きな槍が、彼が只者ではないことを示していた。

「客に怪我がなくてなによりだ」

 剣についた血糊を拭いながら、ソロと名乗った少年が言う。
彼の少し長めの緑髪に、スライムピアスがきらりと光った。
端正な顔立ちであるが、眼光は鋭い。年齢とは不似合いな歴戦の戦士のオーラを感じさせる。

「あ、あの、僕が殴っちゃたあの人、大丈夫でしたか……?」

 そうルイーダに問いかけるのは、先ほど見事な正拳突きを放った少年。
しかし、先ほどまでの気迫はなく、今はおどおどとした、気弱そうな雰囲気があった。

「大丈夫、私が口に特薬草突っ込んでおいたから」

 ルイーダが答える前に、その横からひょっこり顔を出したピンク髪の少女が答えた。

「ルイーダさん、リッカちゃんが呼んでましたよ」
「そう? じゃあ、私はいくわね」

 少女にそう言われ、ルイーダはカウンターの方に戻る。
それを見送って、少女は三人の方に向きなおった。

「はじめまして。この宿屋の呼び込みをしているナインです」
「はじめまして、エイトです。で、こっちがソロさん」

 エイトに紹介され、軽く頭を下げるソロ。
そして、全員の視線が自然と残った一人に向く。
少年もそれに気づいたのか、慌てた様子で自己紹介をした。

「あ、えっと、フィッシュベルから来ました、アルスです」

 慌てて頭を下げるアルスにクスッと笑いながら、ナインは口を開いた。

「皆さん、この宿屋を守ってくださりありがとうございました。
 お礼といってはなんですが、今回は宿泊料金は頂きません。

 ごゆるりと旅の疲れを癒していってくださいね」

「そんな、悪いよ! 僕は別に何もしてないし……」
「いいじゃないですか。せっかくなんですし、甘えさせてもらいましょうよ」

 戸惑うアルスに対し、エイトが明るく言う。

「で、でも……」
「……良い正拳突きだった。宿泊代くらいの価値はあったと思うぞ」
「宿屋の主人が三人に是非、と申されていますので」

 ソロ、ナインがたたみかけると、それに押される形でアルスはやっと頷いた。

「では、お部屋は4階となります。どうぞごゆっくり」

 ナインが三人にそれぞれ鍵を渡し、案内係の者と交代する。
そして、彼らはエレベーターへと向かった。

 

 

◆◆◆

 

 夜。

 ロビーには新しいテーブルや椅子が並べられ、大勢の宿泊客が座っていた。
そのテーブルの上には食事や酒が置かれ、ロビーはまるで宴会場のようになっている。

 人々の間を縫うようにして進みながら、アルスは空席を探す。
しかし、そのほとんどが既に埋まっており、彼は困り果てていた。
一度部屋に戻って出直そうかと思い、エレベーターの方に足を向ける。

「あ、アルスさん!」

 アルスが聞き覚えのある声に振り返ると、ロビーの隅にある席にエイトとソロがいた。
手招きをされたので近づいてみると、美味しそうな匂いが鼻をくすぐる。
テーブルの上には、シチューが入った皿が二つ置かれていた。

「ご飯まだですよね? よかったらここでどうぞ」

 エイトは自分の隣にある空席を、指先で軽くとん、と叩いた。

「え、いいの?」

 驚いて聞き返すアルスに対し、エイトは笑って頷く。

「もちろんですよ! ソロさんもいいですよね?」
「あぁ」

 エイトがソロに尋ねると、無愛想な表情のまま頷いた。
やっぱり僕のことをよく思ってないんじゃ、と思い、アルスは身を引きかける。
が、それよりも、エイトがアルスの服を掴み、座らせる方が早かった。

「気にしなくて大丈夫ですよ。ソロさんは、ちょっと無愛想なだけなんで」

 アルスさんのことが嫌いな訳じゃないですから、と言って、エイトはニコニコと微笑む。
ソロは眉間に皺を寄せて、エイトの方を見る。

「悪かったな、愛想がなくて」
「あ、聞こえてましたか」

 天然なのか故意なのか判別しがたい笑顔を浮かべつつ、
エイトは従業員の一人を呼び止めてアルスに食事を持ってくるよう頼んだ。
待つ間、テーブルに気まずい空気が流れるかと思ったが、
饒舌なエイトが口数の少ない二人に上手く会話を振ってくるため、問題はなかった。

「アルスさんはどうしてこの宿屋に?」
「え、えっと、マリベルに……友人に良い宿屋って聞いたんだ。彼女が褒めるのって珍しいから」
「へぇ、辛口な友人なんですね。ちなみに僕も友人に勧められて来たんですよ」
「奇遇だな、俺もだ。……実際、いい所だよな、ここは」

 ソロがそう言うと、エイトも頷いた。

「細かいところにまで気配りが行き届いてますよね」
「そう言って頂けると私も嬉しいです!」

 三人が振り返ると、そこにはメイド服姿のナインがいた。
彼女がシチューをアルスの前に置くと、エイトが爽やかな笑顔を浮かべながら口を開く。

「可愛らしい服ですね」
「お前、まさか口説こうと……」
「してませんって! 変なこと言わないでくださいよー」

 ソロの言葉を慌てて否定するエイト。
先ほどの仕返しなのか、ソロは更に言葉を重ねてエイトをからかう。
その様子を見て、ナインが微笑む。

「ふふ……あ、この後私のステージがあるので、よければ見ていってくださいね!」

 ぺこっと一礼して、カウンターの方に下がるナイン。
それと入れ違いに、バーテンダー風の男がマイクを片手に現れた。

「これより、ショーを開始します! トップバッターはさすらいのスーパースター、イザさんです!」

 カウンターの前に作られた即席のステージに、少年が入る。
青い髪をツンツンに逆立てた髪型に、派手な配色。

若さを前面に押し出したようなファッションだ。

「わー、派手ですね」
「……お前にだけは言われたくないと思うがな」

 エイトは首をかしげる。
どうやら、自分の服装の派手さには気づいていないようだった。

 

 ステージでは軽快なピアノの曲が流れ出し、

それに合わせて、青髪の少年がマラカスを両手に踊り狂っている。
観客も盛り上がり、ロビーは更に活気づいた。

「うわぁ、すごく激しいハッスルダンスだね」
「あれハッスルダンスっていうのか? はじめて見たが、何か凄い踊りだな」
「あれを見てるとね、何だか元気が出てくるんだ」

 アルスとソロがそう会話している間、エイトはカバンから何かを探していた。

「エイトくん、何を探しているの?」
「えっとですね……これです!」

 エイトがカバンから取り出したのは、珍しい形のタンバリン。
アルスはそれを見ただけで、何か心が弾むような気がした。

「マラカスだけじゃ寂しいなぁって思って……そーれハッスルハッスル!」

 そういってタンバリンを叩いた瞬間、客の熱気が一気に高くなる。
ソロやアルスも例外ではない。タンバリンの音がロビーに響く度に、声を合わせて叫んだ。

「そーれハッスルハッスル!」
「ハッスルハッスル!」
「ハッスルハッスル!」
「ハッスルハッスル!」

 ステージと客のテンションは今や最高潮に達していた。
……その原因は、テンションを上げる効果を持つタンバリンのせいなのだが。

「ハッスルハッスルハッスルハッスル……」

 青い髪の少年はフィナーレに向けて更に動きを激しくする。
それに合わせて、客も合いの手を力強いものにしていく。

「ハッスルッ!」

 マラカスを高く掲げ、ばっちりと決めポーズをする青髪の少年。
ほとばしる汗がキラキラと輝き、ステージに落ちる。

 沸き起こる拍手と、大歓声。
青髪の少年は満足げな顔をして、ステージをおりた。

「イザさん、ありがとうございました。続きましては、旅芸人ナインの登場です!」

 未だテンションが下がっていない観客は、大きな拍手でナインを迎える。
いつの間にかメイド服からバニーガールに着替えた彼女は、うさみみを揺らしながら一礼した。

「まずは得意の火吹き芸!」

 司会がそう言うと、彼女は天井に向かって息を吹きかけた。
すると、火が天井ギリギリまで立ち上る。

「続いて、ジャグリング!」

 彼女はどこからともなく小さなボールをいくつか取りだし、ジャグリングをはじめる。
その見事な腕前に、観客からは大きな拍手が起こった。

「ここ、座っていいか?」

 三人はステージから声の方に視線を移す。
そこには、先ほどステージでハッスルダンスを踊っていた少年がいた。

「ええ、どうぞ」

 エイトがそう答えると、彼はソロとアルスの間にあった空席に腰を下ろす。

「俺はイザ。アンタ、さっきタンバリン叩いてた人だよな?」
「はい、エイトと申します。こちらはソロさん、アルスさんです」

 ソロとアルスは、イザに軽く頭を下げた。
 
「よろしく! いやぁ、それにしても助かった。そのタンバリンのおかげでみんなノリノリでさー」
「いえいえ、あの盛り上がりはイザさんのキレのいい踊りによるものですよ」

 そう言いながら、エイトはそっとカバンの中にタンバリンをしまった。
イザはHAHAHAと得意げに笑いながら、さりげなくアルスの水を飲む。

「ふう。最終日に一番盛り上ってくれてよかったよ」
「最終日って?」

 アルスが尋ねると、イザは空のコップを弄びながら答えた。

「ここでのステージは一週間だけの契約だったんだ。明日にはここを出るつもりさ」
「へえ。次はどこに行かれる予定なんですか?」
「ナインに貰った宝の地図の場所に行こうと思ってる。これだ」

 イザはポケットに手を入れて紙切れを取り出し、テーブルの上にひろげる。

「見えざる魔神の地図Lv87、通称まさゆきの地図!」

 その地図にはある地方の地形と、赤い×印が刻まれていた。
ソロはそれをうさんくさそうに見るが、それとは対照的にアルスとエイトは目を輝かせる。

「宝の地図! 素晴らしい響きですね!」
「どんなお宝があるの?」

 二人の期待の眼差しを受け、イザは胸を張って答えた。

「ふふん、そこにあるお宝はなぁ……なんと、経験値だッ!」
「経験値……? 物じゃねぇのか?」
「つまりだな、その地図の場所にはメタルキングがいっぱいいるんだよ!」

 そこまで聞いてはじめて、ソロも乗ってきたようだった。

「それは興味深いな」
「メタルハンターを自称する身としてそれは聞き捨てなりませんね! 是非ご一緒させてください!」
「ぼ、僕も、そこに行きたい!」

 イザは地図をしまいながら、HAHAHAと笑う。

「おー、三人とも大歓迎だぜ!」
「なんのお話ですか?」

 そこに現れたのは、ステージを終えたナイン。
バニーガールの衣装から、またメイド服に戻っている。

「あ、お疲れ様ですナインさん。今、宝の地図の話をしていたところで……」
「お前にもらったまさゆきの地図、明日みんなで行こうと思ってな!」
「そうなんですか。では、私もご一緒していいですか? 近くまでルーラでお送りしますよ」
「おお、まじでか! じゃあ、頼んだっ」


 その後、明日の集合時間をなどを決めて、その日は解散となった。

 

 

 

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