第一話

 

 【リッカの宿屋】と、看板がかかった宿屋。世界一の宿屋の称号を持つそこには、

毎日多くの人々が訪れる。それは今日も例外ではなく、ロビーには多くの客がいた。

 

「こちらにお名前をお願いします」

 

 バンダナをまいた少女リッカが、完璧な営業スマイルで接客する。

青年は穏やかに微笑み返し、差し出された紙に名前を書こうと手を伸ばす。

が、突然、後に並んでいた男が青年を突き飛ばした。

「困ります、お客様! 順番は守っていただかないと……!」
「残念だが、俺らは客じゃねぇんだ」

 その一言をきっかけに、ロビーにいた客の半分が一斉に腰の剣を抜いた。

突然の抜刀にざわめく客たちへ、彼らはその剣先を向ける。出入り口もすぐに塞がれ、

剣を持った男達によってロビーは完全に支配された。

「この袋に有り金すべてを詰めろ。じゃないと、大切なお客様の命が危ないぜぇ?」
「る、ルイーダさん……」

 リッカは傍らに立つ女性へと視線を向ける。その女性、ルイーダは目を伏せたまま、

小さく嘆息する。リッカは苦い表情を浮かべて頷いて、袋を受け取りカウンター下の金庫を開ける。

袋に金を詰めている間に、強盗達は一般客を一か所に集めた。

「はあ……。突き飛ばしておいて謝罪もなしですか?」

 カウンターで男に突き飛ばされた青年が、背中をさすりながら愚痴っぽく言う。

彼の背中にはシンプルな装飾が施された槍が一つ。それを見て、強盗はギョッとした。それは、英雄の槍――生半可な冒険者では扱いきれないような代物だ。もしや、この青年はかなりの腕前を持つ冒険者なのではないか? 男はすぐにそう考えた。だが、改めて青年を見れば、手足は細く、体は華奢だ。自分達の脅威にはならないだろうと考え直し、剣先を青年に向けた。

「その槍をこちらに渡せ! ついでに、そっちの奴もだ。腰にある剣を渡せ」

 刃をちらつかせながら強盗はドスの効いた声で脅すが、二人はそれに怯まなかった。それどころか、露骨に嫌そうな顔で強盗の要求を拒む。

「えー? こんな面倒なことに巻き込んでおいて武器も取るつもりですか?」
「この剣に触れるなら、まずその薄汚い手を洗って来い」
「お前ら、自分の立場がわかってな……」

 突如、強盗の体が宙を舞った。どすんと、地面に背中を打ちつけて悶える強盗。一瞬、周囲は何が起こったのか理解できなかった。

「誰が、誰の立場を分かってない、と?」

 にっこりと笑みを浮かべる青年。彼の手にある槍から疾風の如く突きが放たれた、とは。

「よ……よくも兄貴をおおおおお!!」

 我に返った強盗の一人が、青年の背後に襲いかかる。が、その刃は少年の剣によってあっさりはじかれた。それに気づいた青年が、少年に言葉をかける。

「おお、ナイスです! ……えっと、お名前は?」
「ソロだ。お前は?」
「僕はエイトですよ、……っと」

 正面から一斉に襲いかかる強盗達を、エイトは豪快に槍でなぎ払った。

振り返り、ソロと名乗った少年に微笑みかける。


「じゃあ、ソロさん。一暴れといきますか?」
「ああ、そうだな」

 目前に、数十人の強盗。 背後に、多くの一般客。圧倒的不利な立場であるにも関わらず、二人は余裕を感じさせる態度で得物を構える。それは当然だろう。彼らはもっと強大な敵を前に、もっと多くの人々を守りぬいたことがあるのだから。剣を構え、飛び掛かろうとしている強盗たちは知らない。ただなりゆきを見守るしかない客たちも知らない。


 彼らが、“英雄”であることを。


「う、うおおおおおお!!」

強盗の一人が、声を上げて真っ直ぐに二人の元へ走り出す。 その後を追うようにして一斉に攻撃をしかける強盗たち。エイトはそれを冷静に見据えながら、彼らの足元を薙ぎ払い転倒させる。辛くも槍を逃れた数人がエイトへ飛び掛かるが、その刃はソロの手によって叩き落された。

 それを繰り返すこと、数分。

 ロビーはひどい有様だった。壁は剣や槍によってズタズタに引き裂かれ、床にはボロボロのテーブルが転がっている。その惨状のほとんどは、豪快な技を繰り出すエイトの槍から放たれたものだ。彼は、外れた五月雨突きが壁に突き刺さるのを見ながら、宿屋の従業員に向かって叫ぶ。

「あっ、後で修理代とか請求しないですよねー!?」
「細かいことは気にしないで! 派手にやっちゃいなさい!」

 ルイーダはそう言いながら、シーフズナイフ片手に入り口前の強盗を戦闘不能に追い込む。ちなみに、先ほどまで彼女に刃をつきつけていた強盗は、カウンターでのびていた。今が好機と見たリッカは、金が詰まった袋を放りだして、扉に駆け寄る。

「こちらからお逃げください!」

 扉を開けて客の誘導をはじめるリッカを止めようと、強盗の一人が剣をふりあげる。が、その斬撃はソロの剣によってへし折られた。

「お、俺の剣が、折れ……」
「そんな安物の剣、すぐ折れるに決まってるだろ」

 折れた剣を呆然と見る強盗を、ソロは剣の握りの部分で殴りつけ昏倒させた。

「う、嘘だろ、なんて強さだ……!」

 強盗の一人が、その惨状を見ながらつぶやく。ロビーの半分を占めていたはずの強盗側のほとんどが、床に伏して気絶していた。立って戦っているのは、片手で数えられるくらいの人数。それも長くは持たないだろう。この状況を打開する策を講じながら、周囲に視線を巡らせる。すると、逃げ遅れた様子の小柄な少年の姿が目にとまった。

「おい、お前ら! これを見ろ!」

 その少年を無理やり引き寄せ、ナイフを首につきつける。それを見れば、エイトも、ソロも、手を止めるしかなかった。

「このガキが惜しければ、言う通りにしろ。まず、武器を捨てるんだ」

 少しの躊躇いの後、ソロは床に剣を置く。それに続いて、ルイーダ、エイトも武器を置いた。

「そこのバンダナ女は扉を閉めろ! 早く! このガキがどうなってもいいのか!?」

 少年の首にさらに強く刃を押しつけると、リッカは慌てて扉を閉めた。強盗はにやりと笑う。そして、一度はしくじったが、流れは自分に戻ってきたのだと確信した。

「……ぁ……ぃ」

 刃をつきつけられている少年が何事か呟く。

強盗は次に何を指示しようかと考えながら、少年に言った。

「おい、死にたくなければ静かに――」

「僕はガキじゃない!」

 そう叫ぶと同時に、少年は強盗の足を強く踏む。強盗が怯み拘束が弱くなったところで、少年は腕をすり抜けた。その身のこなしはただの少年のものではない。強盗は自分の過ちに気付いたが、もう遅い。少年は腰を深く落とし、拳を固く握りしめる。

「成人男性だああああああああ!!」

 その小柄な体躯からは想像も出来ないほど重い正拳突きが、強盗の腹に入った。

 まさに、会心の一撃。それを受けた強盗は、吐血しながら床に倒れ伏す。一瞬の間の後、我に返った強盗達は顔を青ざめさせて、我先にと扉に向かう。ルイーダやリッカを突き飛ばし、扉に手をかける――

――寸前で、扉がひらいた。

「逃がしませんよ、強盗さん!」

 そこにいたのは、天使のような可愛らしい笑顔を浮かべた、ピンクの髪の少女。だが、その手には彼女とはミスマッチの巨大な斧が握られている。

 

 ……強盗は地に膝をつき、降参を告げた。

 

 

 

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