永遠の戦い


“永遠の巨竜”

 

 巨竜の咆哮が大地を揺らし、その場にいる者全てを圧倒する。エイトはへたり込みそうになるのをなんとか堪え、対峙している巨竜を見上げた。随分長い間戦闘を続けているというのに、かの竜に疲労しているような様子が見られない。“永遠”の名を冠するに相応しい持久力だ。ともすれば、この戦闘は永遠に続くのではないか、などと錯覚しそうになる。が、永遠に続くものなどこの世にはない。明けない夜がないように、万物には必ず終わりが訪れる。それに、エイト自身の経験と勘が告げていた――終わりは近い、と。

 

「大きいのを撃つ! 時間を稼いで!」

 

 ゼシカの声に反応して、ヤンガスが斧を構えて前に出る。強力な魔法を放つには、相応の長さの詠唱と集中力が必要だ。敵の攻撃で詠唱を途切らせる訳にはいかない。必然的に、体力のあるヤンガスがゼシカのカバーに回る。しかし、相手もそれを黙って見ているわけではない。魔法の気配を感じた巨竜は、攻撃対象をゼシカに定め、頑強な爪を無造作に振るう。が、彼女に爪が届くよりも早くヤンガスが間に入り、その肉体で爪を受け止めた。

 

「ベホマ!」

 

 即座に放たれた回復魔法が、ヤンガスの傷ついた身体を癒す。ヤンガスはややふらついたものの直ぐに持ち直し、果敢にも巨竜に切りかかる。剛腕から繰り出される斬撃は重く、並みの魔物なら真っ二つにしそうなほどの鋭い切れ味を見せた。しかし、巨竜の堅い皮膚に阻まれて致命傷までには至らない。――物理攻撃ではダメだ。ここはゼシカの魔法に賭けるしかない。そう判断したエイトは、すぐさま指示を飛ばす。

 

「ヤンガスは下がってゼシカのカバーを! ククールは弓に持ち替えて僕の援護!」
「わかったでがす!」
「了解、リーダー」

 

 視界の端にククールが弓に持ち替えるのを見つつ、エイトはヤンガスと入れ替わるように巨竜に切り掛かる。疾風を連想させる速さでの突きから始まり、彼は次々と技を繰り出した。どれも皮膚を浅く傷つける程度だが、巨竜の意識をゼシカから切り離し、時間を稼ぐには十分だ。――が、巨竜も馬鹿ではない。その意図に気付くと、腕を無造作に振るってエイトを弾き飛ばした。地面に体を打ち付け、エイトが動けないその隙を狙って、巨竜は大きく息を吸い込んだ。開かれた口の中に赤い炎が見えて、エイトは血の気が引くのを感じた。直感が告げている。強力なブレス攻撃が来る――!

 

「させるか」

 

 大きく開かれた口の中へ、魔力を纏った矢が吸い込まれていく。否、ククールはそれを狙って矢を放ったのだ。どんなに堅い皮膚を持つ生き物でも、体内までそうであるとは限らない。内側の柔らかい部分を攻撃された巨竜は、絶叫した。断末魔の叫びかと思うほどの声量だったが、巨竜の目を見ればそれは間違いであることが直ぐに分かる。かの竜の目は、まだ死んではいなかった。それどころか、敗北を目前にして更に輝きを増している。この戦いを、ここで終わらせてなるものか、と。

 

「――っみんな、伏せて!」

 

 エイトが咄嗟に発した言葉に、反応出来た者はいなかった。防御体勢を取る暇も与えられず、四人全員が閃光に包まれる。受けたのは、信じられないほど膨大な力の爆発。エイトはそれを受け血を吐きながら、それの正体を悟った。……マダンテ。術者の持つ魔力全てを解き放ち爆発させる、魔術師にとっての最終兵器。後がなくなった状況で放つにはうってつけの魔法だ。

 

 回復する間もなく、二撃目。巨竜の口から極寒の吹雪が吐き出される。急激な気温の下降は容赦なく残り少ない体力を奪い、意識を混濁させる。足元がふらつき、立つことすらままならない。背後から微かにククールの詠唱が聞こえたが、とても間に合いそうになかった。身体から力が抜けていき、手から武器が滑り落ちる。

 

「“メガザル”」

 

 突然、エイトの身体が暖かな光に包まれた。身体の傷が全て癒え、冷えた体が暖まっていく。エイトはその光の意味に気づき、慌てて振り返る。そこには、巨竜の吹雪によって氷漬けにされたヤンガスがいた。いくら体力があるとはいえ、ゼシカの分のダメージを全て請け負い、限界に達したのだろう。そして、自身の限界を察したヤンガスは、気絶する間際に自己犠牲呪文を残していったのだ。ヤンガスの意思を悟ったエイトは目を伏せて、心の中で感謝を告げた。

 

 ヤンガスが守り抜いたおかげで、ゼシカの魔法はあと少しで完成する。が、巨竜の方もまだ何かを仕掛けてくる気配があった。エイトがいくら攻撃を仕掛けても一切意に介さず、じっと己の身体に力を溜めている。何か強力な攻撃によって、ゼシカの魔法を相殺するつもりだろうか。エイトは槍を操りながら暫し考えた後、巨竜から少し距離を取る。

 

「僕も準備する。ククール、前に出て」
「……了解。リーダーの命令は絶対、ってね」

 

 ククールはその言葉を聞いて、溜息混じりに頷いた。矢筒から矢を引き抜きながら、巨竜の元へと駆ける。――本来ククールは後衛であり、前衛向きの能力ではない。騎士として前に出るための訓練は受けているが、強大な敵相手に立ちまわれるほどの技量を持っているかと言われると、否だ。なら何故、エイトは彼を前に出したのか。それはつまり“囮になってくれ”ということだった。殺される心配がないとはいえ、非情な判断であることに変わりはない。しかし、同時にそれは必要な判断だった。

 

「しゃーねぇ」

 

 一度に四つの矢をつがえ、弓を引き絞り、一気に解き放つ。放たれた矢は、巨竜に浅く突き刺さった。ダメージは期待できないが、気を引くことなら可能だ。ククールは走りながら矢を放ち続ける。巨竜は力を溜めようとするが、矢が集中力を削ぎ、上手く力を入れることができない。竜はその紅蓮の瞳を次の矢をつがえようとするククールに向け、上段から勢いよく鋭い爪を振り下ろした。

 

「ぐ、ぅっ」

 

 振り下ろされた爪は間一髪で躱したものの、死角からの尾の攻撃に反応が出来ない。背後からの一撃をもろに受ける。身体が宙を舞い、地面に叩き付けられた。形の良い唇が鮮やかな血に染まる。べコリとへこんだ腹を見れば、骨や内臓がいくつか逝ったことは明らかだった。巨竜はククールを戦闘不能と判断し、視線を外した。そのまま静かに頭を垂れ、目を閉じる。それは何かに祈りを捧げているようにも見えた。その何かは祈りを聞き入れたのか、巨竜の周囲に魔の力が満ち始める。

 

「ギガディン!!」

 

 しかし、それをエイトは許さなかった。聖なる気を纏った雷が招来し、巨竜へと降り注ぐ。硬い皮膚を貫くにはやや力不足だが、魔の力を周囲に散らすには十分だ。魔力の回復を早々に諦めた巨竜は、再びブレス攻撃を仕掛けようと大きく息を吸い込む。だが、既に時間稼ぎは終わっていた。ゼシカが掲げた両手にある魔力の塊が、その解放の時を待っている。それを見た巨竜はすぐに防御態勢へと移行した。巨竜があの攻撃を耐えきってしまえば、四人にもう後はない。魔力のない魔法使いと、疲労困憊の戦士を屠るのは容易いことだ。

 

「ディパインスペル」

 

 巨竜の身体から力が抜け、大きくグラつく。ククールはその様子を見て、小さな笑みを浮かべると静かに意識を失った。最後の力を振り絞って放った、呪文への抵抗力を下げる効果を持つ補助魔法。それは、ゼシカへの最大級のアシストに他ならなかった。それを受けて、ゼシカは魔力を更に膨張させた。目を閉じ、意識を全て両手に向け、彼女はその唇に最後の呪文を乗せる。

 


「マダンテ」

 


 そして、ゼシカは全ての魔力を解き放った。

 


◆◆◆

 

 


「さて、わが力で里まで送ってやろう」

 

 しゃらん、と竜神王の持つ杖が鳴り足元に魔法陣が展開される。周囲の景色が白く光り、それが落ち着いた頃には、見慣れた里の景色が広がっていた。エイトはくるりと仲間たちの方へ振り返る。三人ともかなり疲労しているようだが、その顔にはどこか達成感と自信にあふれていた。それを見て満足げに頷くと、エイトは口元に笑みを浮かべる。

 

「お疲れ様でした。この分なら、暗黒神にも勝てそうですね」
「いや、ここまでしなくても十分勝てるだろ!?」

 

 疲労してはいるが、いつもの癖でククールが突っ込む。すると、エイトは首を傾げた。

 

「陛下や姫様に捧げる勝利ですよ? ギリギリなんて許せないじゃないですか」
「さっすが、兄貴! 兄貴の美学は暗黒神相手でも揺るがないでがす」
「確かに、どうせならサーベルト兄さんにも誇れるような勝利にしたいわよね」

 

 うんうん、とエイトに同意するメンバーを見て、ククールは自分の味方がいないことを悟った。額に手を当て、深く溜息をつく。もうどうでもいいから早くベッドで眠りたい。そんな切なる願いを、エイトは笑顔で却下した。

 

「じゃあ、自信もつきましたし、今から暗黒神に殴り込みましょうか!」
「頼むから、それだけはやめてくれ!!」

 

 ククールの切実な叫びが、里に響き渡った。