お花見 前日譚


 穏やかな陽気。鳥のさえずる声。誰にも知られないまま滅びを迎えたこの村にも、春はやってきていた。村を覆っていた瘴気もすっかり薄れ、ぽつぽつと草木が芽吹いてきている。昔のような花畑が見れる日も近いかもしれない。窓の外を眺めつつ、そんなことをぼんやりと考える。

 

「平和だ……」

 

 こんなに心穏やかに過ごせる日が来るとは、数年前に村を滅ぼされた時には考えもしなかった。それもこれも、長い旅を共にした仲間達、そして“あいつら”のおかげだろう。椅子から腰を上げ、ポットからティーカップに紅茶を注ぐ。茶葉はナインから貰ったものだ。彼女が勧めるだけあって、その香りや味には十分満足していた。

 

 さて。これからどうしようか。そういえば、リュカに借りた本が何冊か残っている。それを読んでしまうのも良いだろう。だが折角の陽気だ、どこかに出かけるのも悪くはない。あれこれと考えつつ、紅茶に口をつける。ふわりと広がる甘い香りに癒されている俺の耳に、微かな音が聞こえた。ルーラによる転移が完了すると必ず聞こえる、空間が閉じる音。咄嗟に剣に手が伸びるが、それよりも早く扉が開いた。

 

「ソロさん、お花見に行きましょう!」


 ……本日の平和はこれで終了のようだ。


 深い溜息をつき、剣に伸びた手を引っ込める。そして、エイトの分のティーカップを出すため、椅子から重い腰を上げた。


◆◆◆


 エイトが手土産に持ってきたゴルド饅頭を開けつつ、“お花見”とやらの計画を聞く。決行は明日。参加者はもう決まっているとのこと。詳しく聞けば、アレフ、ロラン、マリア、リュカ、イザ、アルス、ナイン――あの旅で出会った奴らの名前が並んでいた。

 

「よくイザの場所が分かったな。あいつ各地をうろうろしてんだろ?」
「ああ、マリアさんに会いに行ったら居たので、ついでに誘ってきました」

 

 にこにこと饅頭の封を開けながら、答えるエイト。ふと気づけば、箱の中の饅頭が二つ消えていた。自分で持ってきた手土産を全部食べるつもりなのか。全て食われる前に、俺も箱の中に手を伸ばす。封を開けて、餡子が詰まった饅頭を齧った。美味い。なんだかんだで、エイトが持ってくる手土産は良い物が多い。この分なら、花見の時にも良いものが食べられそうだ――と思った瞬間、俺はハッと気づいた。

 

「おい、まさか九人分の弁当を作れとか言わねぇだろうな……?」
「それは流石に申し訳ないので、分担制にしました」

 

 分担制? 聞き慣れない言葉に眉を顰めると、エイトは詳しい説明をする。曰く、弁当の代わりに自分の世界にある名産品を持ち寄るのだとか。ロトの三人は場所取りのため、免除されているが、他は全員持って来なければいけないらしい。つまり、俺も含まれている。とはいえ、九人分の弁当を作るよりは遥かに楽ではある、が。

 

「名産品っつってもな、うちには何もねぇぞ」
「やだなぁ、あるじゃないですか。パデキアの……」
「却下。あれは数が少ねぇのお前も知ってるだろうが」

 

 旅の扉による輸入・輸出経路の拡大により、パデキアは瞬く間にこの世界から消えた。輸出されたのだ。他の世界にはパデキアに値するような、あらゆる病気を治す薬というものはないらしい。その上、パデキアはソレッタの特別な土壌でしか育たない。現在は、新たな畑を開拓し、生産数を増やそうとしているようだが、それにはまだ時間がかかるだろう。

 

「いえ、根っこではなく、茎の部分ですよ」
「茎?」
「はい。スープに入れると美味しいらしいですよ」

 

 茎か。現在輸出しているのは根っこだけのはずだ。茎だけなら買い取ることも可能だろう。それにしても、そんな情報をどこで手に入れてきたのだろうか。本人に聞こうかとも思ったが、どうせ適当にはぐらかされるのがオチなので何も言わなかった。

 

「これで一品決定、と。他に何かありませんか?」
「他って言われてもな」

 

 長い旅の記憶を辿りながら、名産品に値するものを考える。といっても、あの時は魔物に復讐をすることしか頭になかったから、飯の味など碌に覚えてはいない。どうしたものか、と思いつつ饅頭を齧る。餡子の甘みが口に広がった。――ああ、そうだ。思い出した。

 

「世界樹の葉作った草餅、なんてどうだ?」

「えっ、なんですかその贅沢な食べ物」

 

 エイトが机に身を乗り出す。流石にこの食べ物は知らなかったらしい。こちらの世界でも有名な物ではないので当然なのだが。

 

 ――その草餅は、世界樹の傍にあるエルフの里でのみ作られる食べ物だ。世界樹から落ちた葉を磨り潰し、餅に混ぜ込む。そして、その餅で餡子をくるむのだ。当然、蘇生する力は失せ、回復力も格段に落ちるものの、葉を生で食べるよりは遥かに美味い。エルフの里を初めて訪れた時に振る舞って貰ったのだが、復讐で煮えた頭でも美味いと感じた記憶がある。

 

「なるほど。その草餅、是非食べてみたいですね」

 

 ティーカップを傾けて紅茶を一気に飲み干すと、エイトは立ち上がった。

 

「では、早速行きましょうか」

 

 気が早いことだ。と、思うが、草餅の話をしている最中から、こいつがうずうずしているのは分かっていた。好奇心旺盛で、興味を持ったことにはすぐに飛びつく。子供のような性格だとしみじみ思う。確か、俺よりエイトの方が1つ年上だったはずなのだが。

 

 じっとこちらを見つめる黒い瞳。それに耐えかねて、こちらも紅茶を一気に飲み干した。幸い、貰った茶葉はまだ残っている。味と香りは次に飲んだ時に楽しめば良い。ふう、と深い溜息をつきつつ、ティーカップとポットを回収する。

 

「分かった。食器を洗ってからな」

 

 それまで饅頭でも食って待ってろ、と言えば、明るい返事が返ってきた。俺が帰ってくる前に全部食べていなければ良いのだが。少し早足で回収したカップやポットを台所に持って行く。と、手元がふと明るくなった。窓から差し込んでいる日差しが当たったのだ。自然と窓の外へ視線が動く。そこには、澄み切った青空が見えた。――こんな日に、世界樹の頂上から見る景色はさぞかし綺麗だろう。それを想像すると、口元が緩むのを感じた。

 

「……悪くないな」

 

 悪くない。そう呟いてから、再び足を動かし台所へと向かった。

 

 

 

 

全主人公でお花見、の前日譚。

本編は後日投稿します。

 

尚、世界樹の葉で作った草餅はオリジナル設定です。

あれだけ葉っぱがあるなら、十枚二十枚貰って草餅にしてもいいよねって思います。